【今月の洋書】フィッツジェラルド 『グレート・ギャツビー』

読書

『グレート・ギャツビイ』を三回読む男なら俺と友だちになれそうだな

村上春樹『ノルウェイの森』(講談社文庫)

村上春樹の読者なら誰もが知るこの台詞ですが、私が初めてグレート・ギャツビーを知ったのも『ノルウェイの森』がきっかけでした。

『グレート・ギャツビイ』は嚙めば嚙むほど味が出るような不思議な魅力があって、私も三回以上は読んでいます。

初めて読んだのは、大貫三郎訳の『華麗なるギャツビー』 (角川文庫)です。

ディカプリオ主演で映画化もされましたね。ディカプリオは昔からファンなのでもちろん映画館に行って見ました。フィッツジェラルド原作の映画といえば『ベンジャミン・バトン』も映画館で号泣した思い出があります。

The Great Gatsbyの原書は神保町の古書店でペーパーバックを見つけて買いました。もう20年くらい前の話なので、ペーパーバックはボロボロになってしまい今は電子書籍で読んでいます。

フィッツジェラルドについて

F・スコット・フィッツジェラルドは1896年ミネソタ州で生まれました。中学生の頃から学校新聞にフィクションを発表するような文学少年でした。

1914年~1918年の間に第一次世界大戦が行われ、アメリカは1917年に参戦します。フィッツジェラルドも軍隊に入りましたが内地勤務で戦場へ赴くことはありませんでした。除隊後にゼルダと結婚し、1920年に『楽園のこちら側』で作家デビューを果たします。

フィッツジェラルドはヘミングウェイと同世代でロストジェネレーションの作家と言われることもあります。ヘミングウェイは1899年生まれなのでフィッツジェラルドの三つ年上ですね。

ロストジェネレーションとはガートルード・スタインがヘミングウェイに言った言葉で、『日はまた昇る』(1926年)のエピグラフに使われました。

売れっ子作家だったフィッツジェラルドですが、派手な生活のためにお金に困るようになっていきます。1929年の世界恐慌を経て、1930年代にはハリウッドでシナリオライターもしていました。

晩年はアルコール依存と体調の悪化に苦しみ、1940年に未完の長編『ラストタイクーン』を残して44歳でこの世を去ります。

グレート・ギャツビーについて

1925年に3作目の長編小説として『グレート・ギャツビー』を出版します。

1920年代はジャズ・エイジと呼ばれる狂乱の時代でした。その名の通りジャズが流行り、第一次世界大戦後の開放感の中で若者たちは享楽にふけりました。

1920年代といえばアメリカで禁酒法が施行されていた時代でもあります。禁酒法時代といえば映画でよく見るアル・カポネやラッキー・ルチアーノなど有名なギャングたちの時代でもありました。

ギャツビーも謎のお金持ちという設定ですが、どうやって稼いだかというと実は密造酒を売って財を成した男でした。昔愛した女性を取り戻すために、彼女の住む家の対岸に豪邸を買い、夜な夜な盛大なパーティを開きます。いつか彼女と出会う日を心待ちにしながら。

舞台はニューヨーク州南東部のロングアイランド。物語の語り手であるニックが偶然にもギャツビーの邸宅の隣の家に引っ越してきます。

ニックはギャツビーの思い人であるデイジーの親戚で、デイジーの夫トムの大学時代の同級生でもありました。ギャツビーは彼女をお茶に誘うようにニックにお願いしますが……。

ギャツビーは彼女を取り戻すことができるのでしょうか。三角関係の入り乱れる、なかなかにドロドロした話ですが、未読の方もいると思うので結末は書かないでおきます。

主要登場人物の相関図

美しい描写と心に残る名言

グレート・ギャツビーといえば、美しい描写や心に残る名言がたくさん出てきます。私の気に入りの文章をいくつか紹介したいと思います。

まずは有名な冒頭文、語り手ニックの父からのアドバイスです。

“Whenever you feel like criticising any one,” he told me, “just remember that all the people in this world haven’t had the advantages that you’ve had.”

The Great Gatsby : Chapter 1

feel like~ing ~したい気がする

「誰かを批判したくなったら」と父は言った。「きみが持っているような強みをみんなが持っているわけではないということを忘れるんじゃないよ」

20代で書かれた小説とは思えない格言です。実際に言われたことがあるアドバイスなのかもしれませんね。私もつい誰かを批判したくなってしまうときはあり、この台詞を思い出すと気が引き締まります。

次は都会の孤独をよく表している描写です。

At the enchanted metropolitan twilight I felt a haunting loneliness sometimes, and felt it in others—poor young clerks who loitered in front of windows waiting until it was time for a solitary restaurant dinner—young clerks in the dusk, wasting the most poignant moments of night and life.

The Great Gatsby : Chapter 3

enchant うっとりさせる
haunting 絶えず心に浮かぶ
loiter ぶらぶら歩く
solitary 人通りのまれな
dusk 夕やみ

うっとりするような都会の黄昏時、時々ぼくは孤独を感じた。他の人たちの中にもそれを感じた ー レストランの夕食の時間まで窓の前でぶらついている若い店員たちに ー 夕やみの中、夜や人生の瞬間を浪費している若者たちに。

特に若い頃は、誰もが都会の夜をあてもなくぶらついた経験があるのではないでしょうか。家で本を読んでいるよりも、街の中にいる方が強く孤独を感じるものです。

フィッツジェラルドはたとえも秀逸です。

I came into her room half an hour before the bridal dinner, and found her lying on her bed as lovely as the June night in her flowered dress

The Great Gatsby : Chapter 4

「6月の夜と同じくらいすばらしい」なんて、稲垣足穂の「六月の夜の都会の空」を思わせるような表現です。

他にも印象深い表現がたくさん出てきます。自分にとって宝物のような言葉を集めていくのも読書の楽しみのひとつですよね。

そして、観念と映像的な描写の溶け合う文章も見事です。

He talked a lot about the past, and I gathered that he wanted to recover something, some idea of himself perhaps, that had gone into loving Daisy. His life had been confused and disordered since then, but if he could once return to a certain starting place and go over it all slowly, he could find out what that thing was. . . .

. . . One autumn night, five years before, they had been walking down the street when the leaves were falling, and they came to a place where there were no trees and the sidewalk was white with moonlight. They stopped here and turned toward each other.

The Great Gatsby : Chapter 6

gather 推測する
disorder 調子を狂わせる
go over 点検する

彼は過去についてたくさん話した。彼は何かを取り戻したかったのだと思う。デイジーを愛した彼自身の考えを。そのときから彼の人生は調子を狂わされていた。だけど、もし出発点に戻ってゆっくりとすべてを確認できたら、彼はそれが何か見つけだせるだろう……。

……五年前の秋の夜、彼らは木の葉散る道を歩いていた。そして木のない場所にやって来た。歩道は月の光に照らされていた。彼らはそこで立ち止まり、向かい合った。

この場面の直前のシーンでは、“You can’t repeat the past.” とニックが言ったのに対して、

“Can’t repeat the past?” he cried incredulously. “Why of course you can!”

とギャツビーは言い返します。

ギャツビーにとって過去は何度でもやり直せるものなのです。

そして、後半の映画のワンシーンのような描写へと続きます。暗闇の中でスポットライトに照らされたように、ギャツビーとデイジーの姿だけが浮かび上がってくる様が目に浮かびます。

最後は、やはり心に残るラストシーンです。未読の方は読み飛ばしてください。

Gatsby believed in the green light, the orgastic future that year by year recedes before us. It eluded us then, but that’s no matter—to-morrow we will run faster, stretch out our arms farther. . . . And one fine morning———

So we beat on, boats against the current, borne back ceaselessly into the past.

The Great Gatsby : Chapter 9

orgastic 飲めや歌えの、乱痴気騒ぎの
recede 退く、後退する、遠ざかる
elude 避ける、逃れる
current 流れ
borne bearの過去分詞
bear back 押し返す
ceaselessly 絶え間なく

ギャツビーは信じていた、緑の灯火を、年々遠ざかっていく乱痴気騒ぎの未来を。どんな明日でも、ぼくたちはもっと速く走るだろう、もっと遠くへ腕を伸ばして……そしてある晴れた朝―

ぼくたちは進む、ボートは流れに逆らって、絶え間なく過去に押し返されても。

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